ピアノ教室の翌日は、そろばん教室
その予定だったのですが・・・
1 そろばん教室キャンセル
本当は、教室を開くつもりでした
そのつもりで準備もしていたし、タイムスケジュールも組んでいました
でも・・・無理でした
これはね
「ママ先生」の弊害ですね
外の教室に通いに行っていれば、回避できたかもしれないこと
だって、私の問題だったから
実は・・・
息子の所業に腹を立てるあまり
「母親」から「ママ先生」に切り替えることができなかったのです
もし、外の教室に通っていたら
とりあえず、教室へ行ってこいっ!!てことになったのだと思います
そうしたら、その間、私も頭を冷やせたし
関係も修復されたかもしれない
全部を自分でやろうとすると、教室も育児も行き詰りますね
2 教室閉鎖の理由
息子の何にそれほど腹をたてたのか?
今、振り返って見ると、そこまで怒り狂うこともなかったかも?
実は、「買ったばかりの傘を、下校途中で壊して帰った」
それだけのことでした
でもね
本当に、長男は繰り返し過ぎなんです
小学校に通うようになって、何本目の傘でしょう
しかも、傘を折ったことを、それほど大ごとだと思っていない
私が気づくまで、自分からは言い出さなかったし
問い詰めても、なんだか煮え切らない
どうやら、事の顛末を覚えてさえいない
要するに、新しい傘が折れたって、どうってことないのです
その態度が、「母親」の私には許せず
ついに「ママ先生」になれなかった
ママ先生どころか、母親としてもまともに機能しなくなって
長男と話すのも嫌になりました
育児放棄寸前のところで
タイミングよく帰ってきてくれたお父さん
子どもたちは命拾いですよ
長男の宿題を見てもらったり、お説教してもらったり
「故障中の母親」にはできない仕事を、全部やってもらいました
ほんと、育児は一人ではできませんね
ちなみに、長男が傘を壊したことで、この商品に出会いました
WAKI あなたも傘職人 三ツ爪 (小) シルバー US-011
これでなおせる・・・
早速購入しました^^
修理の様子は、また後日アップしようと思います
3 罰と意地悪はどう違うのか?
最近、長男の成長とともに、育児の難しさを感じています
静かに反抗期が始まっているのかもしれません
小学3年生
明らかに、幼稚園児とは違う精神状態を感じます
当然だけど(-“-)
私自身の問題としては
子どもに寄り添うことはできても
叱ったり、罰を与えてしつけをする仕方がわからない
要するに、私は甘いのでしょう
最後には、いつも許してしまうから・・・
怒るのが嫌なのです
塾講師時代もそうでした
言うことをきかない生徒に対し
いつも怒ってはいましたが、最後には許していました
結局、罰を与えたことはなかったように思います
私は、罰と意地悪の区別ができないのかもしれません
罰を与えると、意地悪をしている気分になり
自分が辛いのです
4 解決策
片づけをしない子どもたちに、今日昼食を抜きました
でも、そういう行いをしたことが、私自身の心を傷つけています
もう、そういった罰は与えたくない
だから、よくよく考えて、解決策を思いつきました
それは
好物の食事の予定だったところを
苦手な食事のメニューに変える
例えば、パンの予定をケチャップライスにするとかね^^
これこそ意地悪っぽいけれど( ;∀;)
最低限、「食事抜きの虐待」からは、解放される
あくまでも自己満足のためですね
罰のルールとして
「在るものを奪うのではなく、付加価値を与えない」
そちらでいきます
食後のお楽しみはお預けにするとか、そういう感じ
ではさっそく、ケチャップライスを大量に作って冷凍するとしますか^^
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